かおごはん(もうか煮付けとすき焼き丼)

かおごはんタイトル画像、赤と緑
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かおごはん1品目

おしながき
もうか鮫煮付け三つ葉添え(ねこさん)

かおごはん「もうか鮫の煮付け」

最近もうか鮫が安いのでよく買ってきます。今日買ったもうか鮫は特徴的な形をしていたのでネコさんにしようと最初から決めていました。

モウカねこさん煮付け

フライパンに軽く洗ったモウカ鮫を入れ、醤油、みりん、酒、さとう、ショウガチューブを適量入れてモウカ鮫を煮付けていきます。出来上がったモウカ鮫を平皿に盛りつけていきます。平皿の真ん中にモウカを一枚置いて、たれが浸るように掛けていきます。一緒に煮付けておいた三つ葉の茎で口と眉、葉の部分で目と鼻にしたら、ねこさんにソックリなキャラクターかおごはんの出来上がり!

かおごはん2品目

おしながき
すき焼き丼(くまさん)

かおごはん「すき焼き丼」

すき焼きが余るとだいたい次の日はご飯の上に乗せてすき焼き丼にします。具が少なかったら卵とじにしたり、車麩を一緒にトッピングしたりするのですが、次の日のすき焼きは煮汁が煮詰まってて味が濃い事が多いので、ご飯の上に乗せるとすごく美味しい丼になる。

すき焼きの名前の由来

いろんな説があるようですが、農業で使う鋤(すき)という道具があり、その金属部分で鉄板焼きのように野菜や魚を焼いていた事から鋤焼きという由来になったそうです

すき焼きの誕生

すき焼きっていつから食べられるようになったのだろうか。気になって調べてみたら以外と歴史が浅い事が分かった。そもそも日本では飛鳥時代から明治時代初期まで肉を食べる事が公には禁止されていたそうです。

いくつか理由があるのですが一つは仏教の布教によって生き物を殺生する事を禁止したこと。もう一つは牛や馬などは農業などでは大切な労働力そんな大切な労働力を食べるなんてもってのほかバチが当たるという理由で食べる事を禁止されていたのです。

しかし貧しい民衆たちはこっそり隠れて鹿やイノシシ、牛、馬などを食べる事もあったそうですが、肉食を隠すためにイノシシはボタン、馬肉は桜肉、鹿肉はもみじなど花や薬の名前などを使っていたそうです。

そんな中で江戸時代末期に京都の三条河原にすき焼き屋が誕生。当初は庶民の間にはまだ肉を食べる習慣はあまり広まりませんでした。しかし明治初期に明治天皇が牛肉を食べた事により庶民にも徐々に肉を食べる習慣が広まりすき焼きが流行するきっかけとなったそう。こうして今の私たちがすき焼きを気軽に食べる事になったのですね。

クマさんのすき焼き

余ったすき焼きもそのまま盛りつけて丼にするよりも顔になっていたほうが楽しいので、かおごはんにします。茶碗に玄米ご飯を盛りつけて豆腐で口、頭に牛肉を配置。ネギとシメジで眉毛、目、鼻、口に配置したら、かわいいクマさんキャラクターのかおごはんの出来上がりです。

イラストレーター
キャラクターデザイナー
プクムク/pukumuku


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